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93年に単行本として出版され、97年に文庫として出版されたエッセイ。
その 『かなえられない恋のために』 が再び文庫化された。
業界ではこのことを " 二次文庫 " と呼ぶらしい。
単なる再発ならば手に入れたりしないのだが、これは大幅に改稿・加筆されているのだ。
よって、元々から好きな本でもあったので、迷わず購入した。

この本は以前、ここでも取り上げたことがあるのだが、
その際にも、同じ本を何度も読むということについては彼女と僕は同じだ…。
みたいなことを書いたくらいだから、同じ本を買うことなんてまったく変に思わない。

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加筆、訂正だけでなく、前回の文庫から6編が削除されてもいる。
このことから、内容はかなりの変化があるんじゃないかと思うかもしれないが、
実はそんなことは無い。
読み終えてから、前回の文庫の目次を見て、それらに気付いたくらいだし。

また、何せ彼女が31歳のときに書いたものであるからして、
読んで古臭く感じてしまうかもなぁ…なんてことも思っていたが、これまた杞憂。
今読んでもまったくおかしくない、ずっと読み続けられるエッセイだと思う。
面白い。

山本 文緒
角川グループパブリッシング
発売日:2009-02-25

新装版として、最後に付け加えられた " 46歳 " とタイトルされた扉の章。
その「作家であることに未だに慣れない」は、2008年12月に書かれたものである。
ここで " 私は結婚が大好きです " と言う彼女は、ちょっと感動的だった。
心の平穏を経験して、生まれてはじめて子供がほしいかも…と続くのだが、
ここは本当に読んでいて幸せな気分になった。

かな恋(彼女の秘書がこの本をこう呼ぶらしい)。
きっと、今後も何度もくり返し読む本になるのだろう。
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もちろんこの本、『アカペラ』を買いに行ったのだけれど、
山本文緒の新刊が書店に平積みされているのを見ただけで感激してしまった。

三つの中篇が収録されているだけだが、
買ったときから何だか大事に読みたい気分になって、
僕には珍しく、ゆっくりと時間をかけて読んだ。

帯には “ 待望の復帰作にして最高傑作! “ というコピーが躍っている。
そうか、小説は6年ぶりなのか…という想いと、
いくら何でも最高傑作は大袈裟だろう…という想いが同時にアタマに浮かぶ。
復活なのだから、まぁ良くある大袈裟な宣伝文句の定番だろうな…と思っていたが、
第一章の「アカペラ」を読み始めて、
このコピーを書いた人の気持ちもわかる…と思うのもすぐだった。

「アカペラ」
15歳の中学生たまこと、72歳のじっちゃんとの関係が、
たまこの視点と学校の担任である蟹江の視点から交互に描かれる。
この構成もいい。
そして、いきなりたまこの文体に引き込まれる。

最初は良くありがちな家族関係のストーリーかなと思っていたが、
読み進むにつれてかなりぶっ飛んだ設定であることがわかる。
そして、それは最後まで変わらない。
小説の世界だからこそ…の物語。
もし、これが実際にあったら、絶対に退いてしまうだろう。
ただ、そんなある意味で異常とも言える関係だが、
その文体もあって、とても楽しく読めると思う。
そして何よりもここまでエンターテイメントな作品として提示できる山本文緒に拍手。
凄いと思った。
だって、僕はラスト・シーンに感動してしまったのだ。
もう少しで涙がこぼれそうだった。昼休みのドトールで(笑)。

「ソリチュード」
高校時代に家出してから二十年振りに帰省した春一。
東京の自分の店を放っぽりだしたまま、帰省した実家でだらだら過ごすのだが、
その間、以前に関係を持った従妹の美緒やその娘である一花。友人の武藤。
そして両親などとの関係が描かれる。
自分で自分を駄目な男と言うのだが、僕は春一に共感できる部分が多かった。
途中で友人が春一をスナフキンに例える場面が秀逸だと思った。

「ネロリ」
もうすぐ50歳になる社長秘書の志保子と39歳の病弱な弟、日出男。
その弟に好意を寄せる19歳の女性ココアちゃん。
ここに姉の仕事や社長との関係や取引先社員との交際話やらが絡んでくる。
読み始めたときは、収録作の中ではまともな物語なのかなと感じたが、
やはりどこかイビツな家族関係であり、一筋縄ではいかない。
ラストに謎解きのようなものがあるのも、締め括りとしては変化があって良いと思った。
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『野性時代』に連載されていた日記エッセイをまとめたもので、ファン待望の新作だ。


山本 文緒
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僕は彼女の小説はもちろんエッセイも大好きで、
特に、過去に読んだ『そして私は一人になった』という、
これまた日記エッセイにハマったことがあるのだ。
あくまでも作品なのでプライベートな日記そのままでは無いのだろうが、
以前も書いたことがあるけれど、自分の日記を読んでいるような錯覚を起こすことさえあった。
そう思わせられてしまうことに、彼女の作家としての力量や魅力があるのだろう。
もしすべてがフィクションだったとしても十分にエンターテインメントしているので、
作品としても優れていると思う。

ご存知の方も多いだろうが、
この新作は、タイトルは『再婚生活』なのに、著者の闘病生活を綴った内容である。
実質的には壮絶な闘病日記だ。
壮絶…といっても淡々と綴られているし、愉快な描写も少なくない。
人によっては重く感じないかもしれないけれど、僕はこれを『野性時代』の連載で読んでいたときは、
何とも凄まじいものだなぁという印象を持っていたものだ。
だから、こうして改めて一冊の本として読むと、僕には十分ヘヴィだった。
実はずいぶん前に読み終えていたのだけれど、読んでいる最中から独特な気分になっていて、
読み終えてからしばらくはアタマの中が整理できないでいたのだ。
書かれている内容や状況に共感できたわけではない。
でも、読書中の僕は山本文緒と同化していたのかもしれない。
ただし、連載時からその印象は少し変わった。良いほうに。

闘病以外については、やはり坂東眞砂子の子猫殺しについてのくだりは印象に残る。
怒りの涙。
理由はうまく言えないのだけれど、この文章が残ってとても良かったなと思った。
また、この本でリタリンという単語を覚えた。

さて、この本のテーマは、彼女が王子と呼ぶ夫との生活がひとつと、
もうひとつが病気との闘いだ。
しかし、更にもうひとつ隠れたテーマ…というか、
僕がこの本に限らず山本文緒の一貫したテーマかもしれないと思っているのが、
" 自由 " と " 一人 " だ。

前述した『そして私は一人になった』の最後は、年末の忘年会の帰り、
電車で眠ってしまったところを女の子に起こされてホームに降りたシーンである。
自分を起こしてくれた女の子も酔っぱらっているのを見て、彼女はつぶやく。

  自由だなぁと思った。
  何でもできるし、どこへでも行ける。
  そう思うとめちゃくちゃ嬉しかった。

僕はここがとても印象に残っていて、
今でもたまに「自由だなぁ」というフレーズがアタマに浮かぶことがある。
彼女と同じではないだろうけれど、そう思うことが確かにあるからだ。
そして、それから十年後に書かれたこの日記にも、同じフレーズがあって驚いたのである。

  自由だな、と感じた。

このフレーズが、意識していなければ読み飛ばしてしまいそうに出てくるのだが、
もちろん僕はそこでストップしてしまった。  

彼女は「一人になるのは淋しいが、一人になるのは楽でもある」と書き、
そして「自由」であり、「幸せだ」とも書いている。
自由と一人。
いつか、このテーマだけで思い切り書かれた彼女の小説を読んでみたいと思った。

P.S.
掲載されているいくつかの写真がとても素敵でした。
仮に、どこかに今の自分と反対の生活をしている別の自分が居て、
その人と入れ替わることができたら…。

その自分は、今の自分からいちばん遠い生活をしている。
要するに今の自分と正反対なのである。
更にその自分は今の自分が嫌いで苦手なタイプであり、
自分ができないこと、やらないことをやっている人である。
高校から大学、そして就職まで、所謂普通の人生を歩んで、
現在は結婚もしており、小学校六年生くらいの子供が一人。

このように自分が選ばなかった(選べなかった)もうひとつの道を知ることができたら…。

誰もが夢見る(のかな?)もうひとつの人生の明と暗。
単純にそんなことを読んだ後に考える物語。

  結婚六年目の主人公「蒼子」は年下の不倫相手との旅行中。
  その旅行先で昔の恋人の姿を偶然に見かける。
  昔の恋人「河見」は結婚していたのだが、
  その相手と言うのが蒼子に瓜二つだった。
  二人の蒼子はお互いにもうひとつの人生を、
  と言うことで入れ替わることを決意し実行する…。

小説でしかあり得ないストーリー展開だが、テーマはドッペルゲンガー。
実は自分とそっくりな相手というのは、自分自身でもあるのだ。

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1993年に発表された、山本文緒初のエッセイ集だ。

僕は彼女のエッセイが大好きである。女性なのだが、そのモノの見方や考え方、
スタンス等が驚くほど似ていることが多いからというのが理由のひとつである。
ただ、そういったことを抜かしても、単に作品としても十分に面白いと思う。

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彼女のエッセイ集の中には、必ず「これだ!」という章、
または一節などがあるのだが、この本にもそれはもちろんある。

僕が1ヶ月に読む本は、小説だけとっても3~5冊はあるが、
これにマンガや雑誌を入れればかなりの数になる。
しかし、すべてが新しいものということはなく、
ほとんどは過去に読んだ本を何度も読み返すのである。
新しい本だけとなると、月に1~2冊かな。

山本文緒自身は「読書の重大な欠点(?)」と書いているのだが、
それが僕と同じ「同じ本を何度も読むのが好きなのだ」ということなのである。
他人はどうなのかはわからないが、例えばミステリーや推理小説だって、
結末や犯人やトリックがわかっていても、面白いものは何回読んでも面白いのである。

ある作家が「人生は限られているから一冊でも多くの本を読みたい。
同じ本を二度読んでいる暇は無い…」ということを言っていたらしいが、
当然彼女はそのつもりは無いようだ。
その作家の言うことはわかるが、やっぱり僕も彼女と同じかもしれない。